バスはアレキサンドリアの市内に入った。アレキサンドリアは私のエジプトのイメージとは程遠い近代的な大都市だった。異国に来たつもりだった私にとって東京や大阪と変わらない風景にがっかりしながら、ぼんやりと車窓を流れてゆくビル街を見るともなく見ていた。突然青い海が視界に入った。地中海だった。バスは街の中心部から海岸通を走り始めた。紺碧の海、ゆるくカーブする海岸線に沿って十階建て程のビルが延々と続き、遠く目的地の港も望めた。ここだ！！私は思わずバスを停めて！と大声で叫びそうになった。港に着いて仲間たちがまだバスから降りないうち、私は旅行社の社長でもある添乗員のK山さんに、「私はここでは描かない、タクシーであっちまで行ってスケッチする。」そう言うとさっさとタクシーに乗り込んだ。私の気性をよく知っているK山さんは困った渋い顔をしながらも、「タクシーを降りる時に10シリング払いなさい」と教えてくれた。タクシーは相乗りだったが、私はかまわず日本語で「あっちへ行って」と言って指差した。タクシーを降りると防波堤から砂浜へ降りた。先ほどのバスの窓から見たのと同じ景色だったが何倍も美しかった。走るバスのガラス越しに見るのと、落ち着いてゆったりと見るのとでは大違いだった。それに何と言っても波の音と潮風が気持ちよかった。
おっとそうだった、私はそんなにのんびりしてはいられないのだ。制限時間は2時間だった。大急ぎで日本から持ってきた一番大きな和紙を広げると、がさがさと一気に描きはじめた。1時間と少しで描きあげた。突然どっと疲労感が襲ってきた。そうだった、私は体調を崩していたのだ。ドバイからアレキサンドリアへ向かう機中でK山さんの忠告を無視して隣の席のアラブ系の子供と延々と遊んで、睡眠不足になり食欲をなくし、何も食べていなかったのだった。だるい体で片付けを済ませると砂浜から防波堤へ登ろうとしたが登れなかった。私がモタモタしていると、近くで魚釣りをしていた背は高く目つきは鋭いが、ハンサムな好青年が私の荷物を持って先に堤防に登り、私の手をとって引き上げてくれた。日本語でありがとうと礼を言い、手を振って、ちょっとおしい気もしたが青年と別れた。そしてタクシーを待った。オンボロタクシーがすぐに来たので、手を上げると私の前に停まった。車は見るからにオンボロだったが、乗り込んだ座席はもっとひどかった。シートカバーがボロボロで、スプリングがむき出していた。どこに座れと言うのだろう。私は目をつむってスプリングの上に座った。そして今度も日本語で「港へ行って」と叫んで指差した。港に着いたのでお尻の痛い分、4シリングを差し引いて6シリング支払った。運転手はニコニコして受け取った。私が戻ったことを知って、K山さんがとんできた。「良い絵が描けましたか」やさしく問いかけるK山さんの顔には大きな安堵感が表れていた。

ピラミッドとスフィンクス

アブシングル神殿