2002年1月、私(渡辺徹夫)の父が90才で亡くなりました。翌年9月には母も90才で亡くなりました。90才といえば、平均寿命を超えているので、二人共長生きしたといえるでしょう。 人生はドラマであるとよくいわれますが、私の父母も満州で新婚生活を始め、戦中戦後の混乱の中を、父が出征しなかったという幸運もあり、幼い子供二人共々生死の境を越えて生き延び、無事帰国をするという大きなドラマを体験しています。 戦後の復興期に、父は地方公務員の職を得て、あとは一般的にいうならば、順風満帆に人生を送った、と言えるでしょう。母は満州での過酷な体験がたたったのか、病弱な体質となり、とても長生きは望めないと思っていたのですが、90才迄生きて、老衰での大往生でした。長々と父母のことを書きましたが、それは、私の女房が、私の父と母の、いままさに生を終え、死を迎えようとしている時の、二人のそれぞれの顔を絵にしたからです。 「旅立ちの日」の連作です。
  肖像画というのは、たいていはその人の一番立派に見える時、あるいは美しく見える時、子供ならかわいい時に描くのが普通です。死んだ人を描くこともありますが、それは死に対する悲しみであったり、死者への憎悪であったり、といった死んだ人に対する描く人の感情が描かせることがほとんどではないでしょうか。 私の女房が描いたような、あの世へ旅立とうとする人を描いた作品は、今迄見たことはありません。 私の父母が死に直面した、まさにその時の肖像画を初めて見た時は、ショックでした。一枚の絵の中に描かれた父の、あるいは母のありし日の姿という感じではなく、今まさに生命を終えんとする父、あるいは母の実体そのものを、私はその絵の中に見たのです。 実にリアルな絵です。写実的にきれいに描き上げられた絵ではありません。荒っぽくて、デフォルメされてゆがみ、痛々しさが強調されていますが、まぎれもなく、父であり、母の姿がそこに感じられます。死を目前にして、自分自身の一生を思い返し、楽しかったこと、苦しかったことを回想しているのか、それとも死後の極楽往生を夢みているのか、意識が現実から離れ、夢の世界を漂う様が感じられます。女房はこれらの絵を描くとき、どのような感情で、何を考えながら描いたのか、本人に聞いてみました。 「燃え尽きようとしている、生命の炎のはかなさというのかな、悲しさというのかな、私はそれを美しいと感じたの。だからむしょうに描きたくなったから、そのまま、見たまま、感じるままに素直に描いただけ」描かれてから3年間程は、人の目に触れる所への展示を、私は拒否してきました。父や母の死に直面した姿の、あまりのリアルさに、他人に見られることに耐えられなかったのです。最近になって、やっとこうした表現の絵があっても良いのではないか、と思えるようになりました。一昨年、昨年と一点づつ、平和堂財団の展示会に出品することを認めました。知りあいの画家の方より、女房あてに「よい絵だった」との便りをいただきました。 |